西国三十三所巡り その12(十五番札所今熊野観音寺)
2020-09-14
西国三十三所は近畿2府4県と岐阜県に点在するお寺をめぐるのですが、さすがに京都のお寺の比重が大きいです。33か所中11か所が京都にあります。そんな割合の多い京都のお寺も半分以上参りました。全体の4割を過ぎたところですね。今回は今熊野観音寺に参拝してきました。皇室の菩提寺である泉涌寺の塔頭です。塔頭とは、この場合は大きなお寺の敷地内にあるお寺のことを言います。
第十五番 新那智山 観音寺

平安前期(824年~833年)に嵯峨天皇の勅願を受けて弘法大師が開創しました。ご本尊は十一面観世音菩薩です。ご本尊は秘仏ですが、毎年秋の彼岸の時期に御開帳されるそうですが、今年はこのご時世ですのでどうなるのでしょうか。十一面観世音菩薩像は、807年に東寺に居た弘法大師が東山から光が出ているのを見つけ、その地にやってくると熊野権現が現れ一寸八分(約5cm)の十一面観世音菩薩像を授かったそうです。それをもとに弘法大師が一尺八寸(約54cm)の十一面観世音菩薩像を彫り、その中に授かった像を納めて奉安したことが由来です。
今熊野観音寺は頭痛封じの観音様としても有名です。後白河上皇は頭痛持ちでしたが、十一面観世音菩薩の霊験によって治癒したことが由来です。また頭痛封じだけでなく、知恵授け、ぼけ封じの観音様として信仰されています。元々、後白河上皇は熱心な熊野三山の信者でした。持病の頭痛が平癒したため、この地の熊野権現の話になぞらえ、「新那智山」の山号を授けて山麓に新熊野神社を造営しました。

泉涌寺の塔頭なのですが境内は広く紅葉の名所だそうです。本堂前には大きなしだれ梅もあります。どちらも時期が違うので見ることはできませんでしたが…。
駐車場を出て階段を上るとすぐに子護大師の像があります。弘法大師に子供が集っている姿は和みました。
そこを抜けると弘法大師が錫杖で岩を突くと水が湧き出したと伝えられ、五智水と呼ばれています。その五智水が今でも湧き続けている五智の井があります。
他にもぼけ封じ観音や平安様式の多宝塔「医聖堂」、西国三十三所の各ご本尊を奉安している今熊野西国霊場など見どころも満載です。
今回も車で移動しました。京都市内は立地の特性上、車よりも歩きや公共の交通機関を使う方が便利だと思うのですが、今熊野観音寺は車でも大丈夫でした。入山料も駐車料金もかかりません。ただし駐車場まで行く道が分かりにくかったり、小さな橋を渡ったり、駐車スペースが小さかったりするので注意が必要です。泉涌寺参道を左に曲がる道に看板もあるのですが、分かりにくいです。一度Uターンして気づきました。また道を左折すると鳥居橋という橋を渡るのですが、この橋が小さいです。離合はできません。幸い対向車はいませんでしたので良かったのですが…。駐車場に車を停めることのできる台数が10台と、決して大きくありません。車で行かれる方は注意してください。